エスペランサ便り

洋画、横浜、ピアノ等について書こうと思います。クイーンの来日が楽しみです。

ブログを放置していました。

生活環境が変わり、ブログを放置していました。夫が退職したため、国民年金を自分で払う必要が生じたため、事務職ではない短時間バイトを開始することにしました。初日に指をドアにはさんでしまい、ピアノはしばらく弾けなくなりました。毎年12月にピアノの発表会がありますが、今年は不参加です。バイトで土日出勤ですが、来年は調整して出演できるようにしたいと思います。

 

相鉄スタイルと言うサイトで10年位前から相鉄沿線のお店等を紹介する記事を時々書いていましたが、そのサイトは閉鎖されました。現在タウンライターを募集しているサイトは、皆無に等しいようです。海老名・厚木方面でタウンライターを募集しているのを見ましたが、募集年齢が10代から30代までです。この年代限定だと町の情報は、限られた物だけになると思います。

グーグルマップに訪れたお店の感想を時折投稿していますが、これからは英語で投稿しようと思います。東京オリンピック等で来日する外国人が、情報を検索する際手助けになれればと思ったからです。

 

 

 

 

 

ゲームオブスローンズで気になっていた薔薇戦争の本を読む

1か月限定でスターチャンネルEXに夫が入ったので、ゲームオブスローンズを見直しています。中世イギリスの雰囲気のあるドラマですが、薔薇戦争がゲームオブスローンズの題材になっていると言う記事を読んで、この戦争について知りたくなりました。You Tube薔薇戦争について、ゲームオブスローンズの人物を引用して解説している物(英語)を見ましたが、時代背景をもっと知りたくなりました。

 

くまざわ書店のカフェにでかけると、薔薇戦争の本が1冊あったので、コーヒーをウェハースを注文して読みました。色々な人物が出て来るので理解不能と思いましたが、ドラマで沢山の人物の話が同時進行していることに慣れたので、違和感はありませんでした。真面目な歴史書で、写真もイラストもほとんどない本ですが、王様の首の写真を見て(本物ではありません)ドラマの1シーンを思い出しました。

ゲームオブスローンズで理解しづらかった箇所、ジョンスノウは、ターガリエンだったと言う所は、シーズン6の所でわかりました。

 

ターガリエン王朝最後の王(狂王)エイリスのお兄さんは、盲目の学匠エイモンですがエイモンは王になる気がなく、ナイツウォッチに入りました。狂王には、レイガー、ヴィセーリス、デナーリスの3人の子供がいましたが、レイガーとデナーリスの年齢差は20歳位だそうです。レイガーは、結婚していて子供がいましたが、槍試合で見かけたリアナスターク(エダードスタークの妹)に惚れ、誘拐をしました。

 

ジョンスノウは、エダードの私生児とずっと紹介されてきましたが、実はレイガーとリアナの子供でした。シーズン4の8話で、ティリオンの決闘裁判で、ティリオンのために戦うオベリンは、ラニスター家に強い恨みを抱いていました。彼のお姉さんと子供がラニスター家の家臣のマウンテンに殺害されたからです。

 

ゲームオブスローンズでは、見せしめとしてサーセイが裸で町を歩き罰を受けるシーンがあります。中世イギリスの刑罰では、このような事が実際に行われたそうです。

 

世界史関係の本は、実家を出る時に処分してしまったことが残念です。くまカフェや大和の図書館シリウスに行くときは、中世の歴史書を探してみたいです。

 

洋画では、冬のライオン(ヘンリー2世)、ヘンリー8世(ジョナサン・リース・マイヤーズのドラマ。面白いです。)、ブーリン家の姉妹、エリザベスを見ていますが、細かい所は忘れてします。

 

 

 

 

映画ミッション ゲームオブスローンズの世界に似ている

1986年に作られたイギリス映画は、公開当時映画館に見に行った記憶があります。細かいストーリーは忘れてしまったので、CSで放送されたミッションを見直して、思い出した次第です。

イエズス会の学校でスペイン語を学んだため、この映画に興味を持ったのでした。若い時は、南米に行きたかったけれど、行く事ができたのは、スペインとメキシコだけでした。社会人になったら南米に行けるだけの休暇は、仕事をやめない限りほぼ不可能だと思われます。

ゲームオブスローンズを今見直している最中なので、ミッションに描かれている世界が似ていると思いました。ウルグアイを舞台にしたイエズス会追放に基づく話をフィクションをかなり盛り込んで描いた作品です。初めて映画を見た時は、スペイン語が聞けるかと期待したのですが、イギリス人の監督ローランド・ジョフィ(キリングフィールドなどの監督)が作成した映画のため、スペイン語を聞くことは一度もありませんでした。ロバート・デ・ニーロジェレミー・アイアンズリーアム・ニーソン等演技派の大御所が出演しています。

 

この年のアカデミー賞は、プラトーンが圧倒的な勝利、同じ年の作品にはトップガン、エイリアン2、眺めのいい部屋ハスラー2、クロコダイルダンディ、ハイランダー

ベスト・キッド2などがあります。ミッションは撮影賞を受賞しました。冒頭で滝のシーンがありますが、ジャングルでの撮影は大変だっただろうなと思います。

ネタバレになるので、ストーリーは書きませんが、憤りを感じる残酷な内容の映画です。但しエンニオモリコーネの切ないメロディが美しく、哀しみを和らげている印象を持ちました。

しばらくたったらまた見直したい映画です。

「黒鍵の多い曲が苦手」を克服するには

4歳の時に親が買ってくれたボロボロのハノン(250円)の1番のページの下に先生の字が書いてありました。「全部♯で、嬰ハ長調にして弾く事」。小学生の時にピアノを習っていた時、60番まで弾いた後に、最初から嬰ハ長調で弾いてみる練習をした記憶があります。先生に言われた事をちゃんと守って弾いていなかったので、ピアノが上達しなかったようです。「まいにち15ふんずつやること」とも書かれています。小学生にハノンを15分弾くと言う課題は、非現実的ですが。

 

リストのラカンパネラは、シャープがファ、ソ、ド、レ、ラと5つついている嬰ト短調gis moll)です。メロディはとらえやすいのですが、どの音が黒鍵でどの音が白鍵になるか臨時記号が出て来たり、譜面からはみ出た音符があると、わけがわからなくなりました。そこで、ミ、シ、臨時記号の音符は白鍵と意識をすることにしました。嬰ハ長調のスケールとアルペジオの練習は、ハノンに載っているのでラカンパネラを弾く前に一度弾いています。ハノンについては、1番から嬰ハ長調で弾いてみるのも、黒鍵を弾くのが苦手と言うのを解消できるかと思いやってみることにしました。

 

中学校では、中間テストが終わった後に、テスト問題でどこができなかったか原因を追究し、対策を考えようと言うレポートを出す宿題が出ることがあります。この方法は、大人がピアノを練習するときに、活用できると思いました。

自分が発表会でうまく弾けなかった曲は、しばらく弾きたくなくなります。でも新しい曲をやるより、数か月練習をして暗譜をした曲を弾けるようにしておく方が労力が少ないのです。

ショパンのバラード2番は、presto con fuocoの箇所が大変なので、繰り返し練習したのですが、その後に続く左手の半音階でうねりを出す所が、油断できない箇所です。自分は、左手で半音階を早く弾く事が苦手なので、普段から半音階の練習が必要だと感じます。左手も右手も跳躍で音をつかむ箇所が多いのですが、苦手な箇所はつまずかないで弾けるようになるまで、繰り返し弾いて慣れるしかないと思います。

 

ピアノレッスン② ラカンパネラ他

月に1回のピアノレッスンを備忘録としてまとめておくことにしました。

・バッハ平均律1巻6番フーガ

トリルを取るときに、反対側の手のリズムが崩れてしまいます。音符を数えて弾くようにしようと思いました。

 

・ラ・カンパネラ

見ていただいたのは、2回目です。教本によって小節の番号が違うようですが、私が使っているのは、格安のピアノピースギャラリー12(ドレミ楽譜出版900円)です。

27小節から29小節の箇所の弾き方で、リズムがおかしくなってきます。

右のメロディ ラシ ーシラ    ソラーラソ

左のメロディ ファソーソファ   シドードシ

アンダーラインを弾いた箇所の弾き方がおかしかったので、練習をしました。通しで弾く前に、苦手な個所を何回か弾いて弱点を克服したいです。

 

42小節から48小節の右手が飛ぶので、手が小さい自分には非常にやりづらいです。右手を斜めに向けて、指の腹で鍵盤を弾くように教わりました。今までそのような弾き方をしたことがなかったので、その弾き方に慣れるようにしたいです。レが1オクターブ

で上下する箇所です。

   レ        

  レ レ

 レ   レ

50小節から同音連打が出てきます。バイオリンなどのピチカート奏法に似ていると先生はおっしゃっていました。手前にはじくように弾きます。ツェルニー40番の中にもあったでしょうと言うので、チェルニーを見てみると22番に同音連打の練習がありました。

私が持っているチェルニー40番は、300円の値段ですが、小学5年生頃に使っていたと思われます。「指先だけで腕の重みを利用して弾く。手首を固くするとリズムが崩れやすいので注意。」と解説に書いていますが、小学生の時に教本の解説を読むことがなかったなと思います。

73小節から77小節まで半音階が続く箇所があります。この楽譜を見た時は、音がわかりづらく混乱しました。この箇所の演奏をYoutubeで聞いても、よく理解できません。でも、先生の所で一緒に音符を鍵盤でたどると音がわかりました。この箇所は、音を覚えてしまうしかないと思います。

ツェルニー40番の31番は、半音階の練習の曲です。両手の半音階で、左手で半音階を弾くのが苦手だと感じます。ツェルニーは不要と言う文を読むことがありますが、31番のような半音階の曲を難なく弾けるようにしておけば、ラカンパネラを弾く時にも役に立つと感じました。

今年の12月の発表会の曲は、ショパンノクターンの13番に決めました。冒頭の部分のみ見ていただきました。問題は、次のコーダが入る所で、指が足りないと感じる箇所です。ゆっくりと弾けば大丈夫と先生はおっしゃりました。(Op48-1はレントだし)。

 

やればできると言うのは本当か

やればできると言うのが、子供に接する時の鉄則。でも英語が大っ嫌いで、単語を覚えるのもかったるい、学校の英語の授業なんて下らなくて、英語なんか勉強しても何にも役に立たないと悪態をつく子にやればできると声掛けをするのは、難しい。

神奈川の中学3年生が高校受験をする場合、10月に出る中3前期の通信簿の成績である程度受験できる高校が決まって来る。中学時代は遠い昔だから、細かいことは覚えていないけれど、定期テストの前は家に帰ったら、夜寝るまで勉強をした記憶がある。インターネットなんてない時代だから、スマホYoutubeにうつつを抜かすと言うことはあり得なかった。

やればできると言うのは、少しでも良いから努力をした場合。英単語が覚えられなくても、今日は1から10までスペリングを書いて覚えようと決めてノートに書くことくらい、音楽を聴きながらとかテレビを見ながらでもできそうと思うが、英語が大っ嫌いな場合は、そういうことも不可能で無理と聞く耳を持たない。

社会に出て働く事と比較したら、学生でいられるのは、安泰な生活だけれど、10代の時はわからないと思う。自分も社会で働く事がどういう事かよくわからなかったけれど父親を見ていると、体調が悪くて会社を休んだ事は1日もなかった記憶がある。父は50歳を過ぎて脱サラをして会社を作ったが、失敗し、フランチャイズチェーン店も経験したが、60歳近くでサラリーマンに戻り、70歳まで働いた。大学を卒業してからその年齢まで働き続けるのは、大変な事だと思う。

やればできると言っても、できるようになるまでやることは実際難しい。30年以上のブランクを経てピアノを電子ピアノで練習しているが、ラカンパネーラが弾けるようになるのか、全く先が見えない。69小節までさらったけれど、ヘッドフォンをつけて電子ピアノで弾くのと先生のレッスンでグランドピアノを弾く時とは、感触が全く違う。YouTubeの「ラカンパネラへの道」(ジャズピアニストの根木マリサさんの解説)が演奏のポイントをわかりやすく解説していて役に立つ。但し物凄いボリュームなので、最後まではまだ見ていない。

ニッポン放送から送られてきた野菜ボックス

ニッポン放送から段ボールで、野菜ボックスが送られてきました。受け取った夫が、冷蔵庫に入りきらないと言っていました。届いたのはJA千葉みらい農産物直売所からの野菜で

・キャベツ、トウモロコシ、玉ねぎ、ベビーリーフ、大根、きゅうり、ニンジン、しょいかーごせんべいです。

また別便で、歌手イルカのイラストが描かれたバスタオルが届きました。

 

日曜日の朝に放送しているイルカのミュージックハーモニーは、お気に入りの番組です。イルカをリアルタイムで聞いてきた人が聞いている番組なので(クイーン世代と同じ)年齢層が高いのですが、その分懐かしいニューミュージックを聞く事ができる貴重な番組です。

私の恋歌リクエスト♪雨の物語と言うテーマでのメールを募集していたので、番組を聞きながら、パソコンから応募しました。昔の恋バナを書いた人がいたので、私も書いて見ました。独身時代に初めてアメリカに出かけたきっかけは、帰国したアメリカ人の友人が実家に招待してくれたからでした。彼の兄弟には、3-4人の子供がいて、ご両親の家から車ですぐの所で暮らしていたので、頻繁に家族で会っていたようです。

私が訪問したミシガン州ホランドは、典型的な中西部のクリスチャンベルトの町でした。メープルツリーが閑静な住宅街に立ち並んでいる町で、チューリップ祭りやウッドンシューファクトリー、水車等の観光スポットもありますが、横浜や東京の繁華街のような場所はありません。メインストリートが元町を少し小さくしたような雰囲気です。

レイクミシガンは海のような広大さで、赤い灯台は、絵になる風景でした。チヌークリバー沿いに友人の家族総勢20人程で、ファミリーキャンピングにでかけたのは、良い思い出です。友人は4人兄弟でしたが、お姉さんの家では子供が3人いましたが、韓国から養女を引き取って育てていました。

友人のお父さんは若い時は会社を経営していましたが、自分の家を自分で建ててしまうような人でした。息子たちも家づくりや家具作りを手伝ったそうです。ジャズピアノが上手で、素晴らしいタッチでピアノを弾いていました。テレビをほとんどみない家庭だったので、その分読書や楽器演奏、木工制作等の趣味に時間を使えたようです。

20代だった頃の思い出話をラジオに投稿したところ、放送で読まれたため野菜ボックスが送られてきました。

早速届いた野菜で夕飯を作りました。大根と豚肉の煮物と麺のサラダにトウモロコシを使いました。地元のお米で作った白いおせんべいも半分ほど食べてしまいました。

私はパソコンを使うときは、ラジコを聞いていますが、早朝の時間はニッポン放送を聞く事が多いです。今はオールナイトニッポンを聞きながら、文章を書きました。